「父を想い筆をとる|藤原定家の和歌と受け継がれる書の心」
季節を越えて心に残る和歌
六月に入り、庭の紫陽花が少しずつ色づき始めました。
梅雨の雨音を聞きながら過ごす時間が増えるこの頃ですが、季節とは少し離れた、私の好きな和歌があります。
父の命日に、この句が思い出されました。

面影の かすめる月ぞ 宿るべき
涙に曇る 宿の桜に(新古今和歌集・藤原定家)
現代語訳すると、
「恋しい父の面影が、春の朧月となって宿るのだろうか。私の涙で曇って見える、この庭の桜の花の上に。」
という意味になります。
この歌は、百人一首を選定したことで知られる藤原定家が、父であり歌の師でもあった藤原俊成を亡くした後に詠んだ歌です。
春の夜、咲く桜を眺めながら、父の面影を月に重ねている情景が浮かびます。
「面影」「涙」「桜」
どの言葉も静かで美しく、読むたびに胸に響きます。
私自身も父を亡くしてから、ふとした景色の中に父を思い出すことがあります。
季節の花を見た時。
懐かしい場所を訪れた時。
何気ない日常のひとこまの中で、父がそこにいるような気がする瞬間があります。
千年以上前に詠まれた和歌ですが、人を想う心は今も昔も変わらないのだと感じます。
今回は命日にちなみ、この好きな和歌を書いてみました。
墨を磨り、一文字ずつ筆を進めながら、定家が父を偲んだ気持ちに少しだけ触れられたような気がします。
和歌は遠い昔の文学ではなく、人の心を映す鏡のようなもの。
だからこそ、時代を超えて私たちの心にも寄り添ってくれるのでしょう。
父と似ていると思うところ
父は書が好きな人でした。
今でも実家には、父が書いた作品がたくさん残っています。
中でも印象に残っているのが、ご詠歌を書き写した書です。
西国三十三所のご詠歌が、一つひとつ丁寧な筆遣いで書かれています。
後から聞いた話ですが、それは父が亡き母、つまり私の祖母を偲びながら書いていたものだったそうです。
定家が父・俊成を偲んで歌を詠んだように、父もまた、自分の母を想いながら筆を執っていたのでしょう。
そして今、私は父を偲びながらこの和歌を書いています。
不思議なことに、こうして振り返ると、私と父はどこか似ているように思います。
大切な人を想う気持ちを、言葉や書に託したくなるところ。
心を落ち着けるために筆を持つところ。
そんなところは、知らず知らずのうちに父から受け継いでいたのかもしれません。
人はいつか別れの時を迎えますが、その人から教わったことや生き方は、心の中に残り続けます。
父から教わったことを大切にしながら、自分自身の人生を歩んでいくこと。
それが何よりの供養であり、感謝の形なのではないかと思います。
今年の命日も、父の面影を心に浮かべながら、静かに筆を持ちたいと思います。

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